教える恐怖と教えることのできない孤独。

Posted on 4月 14, 2008 by

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人に何かを教えるっていうのはすごく難しいことで。往々にして押し付けがましくなったり、なかなか覚えが悪くて何度も同じことを教えなきゃだったり。で、一番怖いのは教える側が意図していない受け取り方をされることだったりするわけで。しかしながらよくよく考えてみると、教える側と教わる側は当然ながら全く異なる器であり、その中に入っている液体を移し替える際には、こぼしたり、不要な物質が混ざり込んだり、受ける側の容量不足であふれちゃったりということは容易に想像できるわけで。

で、一方でその移し替え作業が発生しないこともあるわけで。そのような場合には自分の器の中の液体が、腐敗しちゃうような可能性もあり、なんとか別の器に移し替えたいけれどそれができないという一種の孤独を感じるかもしれない。自分の器でアルコールの如く熟成させるんだという気持ちがあれば、しばらくはそれでいいのかもしれないけれど、お酒も飲むために作っているわけで、永遠に熟成させ続けようなんて思っていないんではなかろうかと、思いを巡らしてみる。(そんな立場になったことがないので。)

と、つらつらたらたら書いてみたけれど、特に他意はなく、まぁどっちの立場もそれぞれ大変ね、と。

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